はぐはぐ。
「…………」
はぐはぐはぐ。
「…………」
「祐一君、どうしたの? 鯛焼き美味しいよ?」
あゆが顔を覗き込んで来た。
「おまえなあー」
今、いつだと思ってるんだ?
そう口に出そうと思ったが止めた。
どうせ、こいつは鯛焼きで動いてるんだし。鯛焼きひとかけ300mなんだ
ろう。
だからさすがに北国とはいえ、真夏の今、クーラーが無ければ死ぬような炎天下で、出来立て
アツアツの鯛焼きを食っていたとしても、こいつにとっては至極当たり前の事なのだ。
というか食わない方が死ぬらしい。
「大体、秋子さんも秋子さんだ。何でこんな真夏のクソ暑い時に鯛焼き作るかなあ……」
 幾らリクエストされてもフツーは作らないだろ。さすが了承一秒の秋子さんである。
「でも、美味しいよ? いる?」
「いるかっ!」
 見てるだけでこっちは暑くなってるってのに。
「美味しいのに……」
「そういう問題じゃないだろっ」
話が全然噛み合わない。こいつも相変わらず変なヤツだ。……そんな変なヤツと付き合ってる
俺も相当変なのだが。まあ、俺の事は良いんだ別に。
「?」
あゆは一瞬不思議そうに首を傾げたが、すぐに残りの鯛焼きを攻略し始めた。
しかし、本当にこの暑いのに良く食うよな。
はぐはぐ。
それも毎度の事ながら滅茶苦茶嬉しそうに食ってるし。
はぐはぐ。
――そう、その姿は大好物を美味しそうに食べる子供のようで……
はぐはぐはぐ。
――どんなものも新鮮に見えた小さかったあの頃を思い出すような……
(プツン)
「って、何で色気が全然無――――いっ!?」

「うぐっ!」
いきなり俺が大声を張り上げたからか、あゆはビックリして飛びあがった。
「げほっげほっ……うぐぅ……いきなりどうしたの……?」
「それがいかんのだ!!」
俺はあゆにびしっっと指をつきつけた。あゆはびくっっと身を縮める。
「朝から晩までうぐぅうぐぅ!!1年中うぐぅうぐぅだ!!ぐうの音は出なくてもうぐぅの音は出やがって!!」
「うぐぅ……急になんだよう〜〜〜」
 既にあゆは涙目だ。しかし、俺は更にヒートアップする。どうやらこの暑さと陽射しと熱気で
頭のネジが緩んだらしい。というかキレタ。もうヤケクソだ。
俺は吼えた。
「まただ!!またうぐぅ!!何だ!?お前は鯛焼き食ってうぐぅを言わないと
生きてイケナイのか!?食っちゃ寝うぐぅ!!食っちゃ寝うぐぅ!!お前の人生、
ゆりかごから墓場までうぐぅかコラァ!?」
「さっきから何言ってるのかわか……ひっ」
あゆが小さく何か言おうとしたが俺はギラついた視線を叩きつけて黙らせる。
「そりゃ、確かにお前のうぐぅは可愛い!!あゆがうぐぅと呟かなくなったら、
俺は即座にあゆから別の女に乗り換える!!ああ、乗り換えるとも!!
うぐぅ こそ萌えの象徴!!」
「……うぐぅ……祐一君が壊れたよぉ……」
 既に俺はあゆの言葉が耳に入っていない。俺は更に続けた。
「しかし、しかしだ!!どんなに好きなものでもこう毎日毎日じゃ飽きが来る!!いや!!
飽きが来る所か、もういい加減ウンザリだ!!お前は何でそんなガキっぽい!?ロリも萌えだが
もう飽き飽きだ!!てゆーか、お前、ホントは何才よ!?小学生じゃねえんだよ!?たまには
女の色気が欲しくなっても仕方あるまい!?いや、仕方ないどころかそれは必然だ!!正に
男のリビドー!!!人間よ、自然に帰れ!!」
「り、りび……し、しぜん??」
「というわけで特訓だ、あゆ!!」
「ぜんぜん意味が分からないよぅ……」
完全に気圧されてるあゆはますます身を竦ませる。
俺は問答無用で腕を掴んだ。
「そうか!!あゆも色っぽくなりたいか!!」
「そんな事、ボクは言って――」
「黙れ!!口答えは銃殺刑だ!!ようし、まずは家に戻って作戦会議だ!!」
「うぐぅ……ひどいよ……」
あゆの小さい呟きはやはり俺の耳には届いてなかった。

「今回は、名雪も当てにならない」
クーラーが程よく効いた水瀬家の居間で俺は重々しく断言した。
そのお蔭でさっきよりは冷静にはなったが、一度始まった暴走はそう簡単に止まらないし、
止める気も無い。ちなみにあゆはソファーの上に正座したまま小さくなっている。
伏し目がちにあゆはぽそぽそ呟いた。
「名雪さんも?」
「そうだ」
俺は重々しく頷いた。
「大体、あの年で未だにぬいぐるみを抱いて寝てるヤツは異常だろ。しかも、けろぴーだの
ねこーねこー??アホか!?何がけろぴーか!!ねこねこウザっっ!!」
「ひどいよ……祐一……」
どうやら名雪も家にいたらしいがここは無視する。
「でも、急に色気なんて言われても……」
 相変わらずぽそぽそとあゆは小さく呟く。
「大体、スタイルだって……ボク……」
「スタイル?」
 あゆの言葉で俺の頭の中に一人の少女が浮かび上がった。
「そうか!そういう手があったな!偉いぞあゆ!!」
「ひ、一人で話を進めないでよ〜」
「そうとなったらまずは行動だ!!」
「ちょ、ちょっと引っ張らないでよぅ〜」
俺達が騒々しく外へ出て行った居間では、名雪が独り寂しく床にのの字を書いていた。
「わたしだって色気あるもん。スタイルだってあるもん……」

少し探すのに手間取ったが、目的の人物はいた。
このクソ暑い中、公園の砂場で遊んでいた。
「よう」
「こんにちは!」
「…………」
舞はしゃがんだまま俺達の方を見上げた。手にシャベルを持ったままである。
「何やってるんだ?」
「……うさぎさんトンネル」
「は?」
「……今、開通工事中」
舞はそう言って砂の山を指差した。
山の上に兎のようなものが乗っかっている。

「ボクより子供っぽいよ……」
確かに。
俺は思わずあゆの言葉に頷いた。
夜、魔物を相手にしていた時はともかく、昼間の舞はあゆよりも子供だ。
心はほとんど10年前のままなのだから、しょうがないといえばしょうがない。
舞はこれから少しずつ成長していくのだ。俺はそれを見守って――って、今は
関係ない!
遠い所へ飛びそうになった意識を慌てて目の前に戻す。
「ま、まあ、それは問題じゃない。舞ちょっと立って見ろ」
「…………?」
不思議そうな顔をしつつも、舞は俺の言う通り立ちあがった。舞は結構身長が高い
ので、あゆとは頭半分くらいの差がある。
「見ろ!このスタイルを!!バスト89!!ウエスト58!!ヒップ86!!!
Kanonキャラ1のスタイルだ!!出るべき所!!引っ込むべき所!!完璧だ!!」
俺は一呼吸置いてから、あゆをビシッと指差した。
「ガキンチョのお前とは天と地だ!!いや、天と地中!?女神とゴキブリ以下!!」
「うぐぅ……ひどいよぅ……」
「……祐一、恥ずかしい」
 涙目のあゆとやや頬を赤くしている舞。ふと、非常に珍しいツーショットだと思ったが、
そんな感想はすぐに頭の隅に追いやる。
「そこで!!舞にそのスタイル形成の秘密を聞き出すのだ!!そして、お前も
スタイルを磨くんだ!!」
俺は勢い良く続ける。
「外見が良くなれば色気も増す!!中身より外見だ!!」
「……でも、さっきは思いっきり子供っぽく見えてたよ……」
「…………」
言われてみればそうだった。
かがんで砂山をくりぬいている様子はどう見ても小学校低学年と言った雰囲気だった。
暑さと興奮で矛盾点に気付かなかったらしい。
「それに……秘密を聞いても……体型変わるかどうか、わからない、し……」
あゆは恥ずかしそうに下を向いて呟いた。
ごもっとも。
あゆの成長は既に止まっている可能性は非常に高い。
俺は進退極まった。
「うぐぅ」
「人のセリフ取らないでよっ!!」
「…………???」
舞はさっぱり話について来れてないようだった。

「うむ、やっぱり、外見より中身だな!!中身から女らしくするのだ!!」
「うぐぅ……さっきと言ってる事が」
「黙れ!!口答えは銃殺刑と言ったはずだ!!」
 ぼかっ。
「うぐぅ〜……いたいよ、ぶたないでよ〜」
「中身から女らしくする」
あゆの横でメモを取っているのは舞だ。暇だったらしく、俺達についてきていた。
ちなみに佐祐里さんは海外へ家族旅行中だという。
「舞は磨けば光る珠だからな。末恐ろしいな、あゆ」
「うぐぅ〜!!」

「で、何であたしの所に来るわけ?」
 香里が冷たい目で俺達三人を眺めた。
「俺の知り合いで子供っぽくない雰囲気を持ってるやつって言ったら他に
思いつかなかったんだ」
そう。冷静に考えて見ればオレの周りは子供っぽい女の子ばっかりである。
秋子さんは勿論子供っぽくない大人の女性だが、さすがに年が上だし、
そうなると思いつくのは香里だけだったのだ。
「雰囲気だったら川澄先輩だって子供っぽくないじゃない」
「いや、舞は時と場合による」
というか黙っていれば神秘的なのかもしれないが……。
「祐一、うさぎさん」
「あ?……あー良かったな。舞」
「うん」
舞は何処から見つけてきたのかウサギの縫いぐるみを嬉しそうに抱えていた。
その光景は微笑ましい以外の何物でもなく、純真な少女の様である。
香里は驚いた様にそれを眺めている。まあ、学校の評判とはまるで違うからな……。
 一応、フォローをいれておこう。
「舞はうさぎが大好きなんだよ。な?」
「うん」
舞は大きく頷いた。
「動物の中でうさぎさんが一番好き」
「……はあ」
香里は気の抜けたような返事を返したが、すぐに気を取りなおす。いつも名雪と
話しているからだろう。頭のズレた人間の相手は慣れているらしい。
「それで、結局、何をすればいいの?」
「決まってる、あゆに女の何たるかを教えてやって欲しいんだ」
俺はあゆを前に押し出した。

「もー最近はションベン臭くてウンザリなんだ」
「うぐぅ……ひどいよ。ボク、臭くなんか無いよ〜」
「そうか?この前のエッチした時――」
「わあわあわあ!!」
あゆは慌てて俺の口を塞ぐ。顔を真っ赤にして口をへの字に曲げた。
「いきなり何言い出すんだよっ!?」
「何だよ。怒るなよ」
「怒ってなんか無いよ!!」
「思いっきり怒ってるじゃないか」
「うぐぅ〜……もう知らないっ!!」
「……本当に仲良いのね、あなた達」
香里は羨ましそうに俺達二人を眺めていた。
「あたしも早く栞とそういう風に喧嘩できるようになりたいわ」
「仲が良いだぁ?」
俺はすぐにやれやれと首を竦める。
しかし、香里は深く頷いた。
「そうよ。端から見たらただの痴話喧嘩にしか見えないわよ。相沢君はいつもあゆちゃんと
一緒にいるから、逆に気付かないのよ。あたしもそういう生活して見たいなー」
それに、と香里は言葉を続ける。
「大体、雰囲気とかって結局、その人の性格が現れてるわけでしょ? だから、教えるとか
そんな事出来ないと思う。あゆちゃん可愛いからいいじゃない。……大体、実際の話、
色っぽくなったらあゆちゃんじゃなくなるんじゃない?」
「んー……」
 言われて想像してみる。
……。
…………。
………………。
やべ、色っぽいあゆなんぞ想像できないぞ。
「だめだ。あゆが色っぽいなんて事はお天道様が西から登っても不可能だったらしい」
「うぐぅ〜またいきなり失礼な事言ってる〜」
「可哀想に……」
「ボクの話も聞いてよっ!」
いつもの口喧嘩が始まると香里は笑い出した。
結局、そのまま話は別の話題に移って盛り上がってしまった。
暫くすると外に出ていた栞ちゃんも家に戻ってきたので、夕方まで香里の家で遊んで過ごした。

「結局、あゆを女っぽくする作戦は失敗か……」
外へ出ると、いつの間にか涼しい風が吹いていた。完全に日が落ちて夜になれば、涼しい
どころか肌寒くなる。その辺りは暑い夏でもやはり北国だ。
「まー、良い暇つぶしにはなったし」
「ただの暇つぶしだったの!?」
あゆはお決まりのうぐぅの音を出した。
「ボク……少しは真剣に悩んでたのに……」
「祐一、良くない」
舞はジロリと俺の方を見た。
その目の迫力に俺の中にある、ほんの一握りの良心が動揺した。
「う……」
「祐一が悪い」
「わ、わかったよ。俺が悪かった」
俺はあゆに向かって謝った。
「……今度からは、ちゃんと暇つぶしって前置きしてから遊ぶ事にする」
「反省する所が違うよぉっ!」
あゆは憤然とそう言い返した後、一呼吸置いて照れた様な口調で言葉を続けた。
「でも……祐一君が本当に子供っぽいっていうんなら……ボ…あ、あたし、頑張って
女の子らしく……え?」
顔を赤くして一生懸命喋るあゆの頭を俺はぽんと軽く叩いた。
そしてにやっと笑いかける。
「相変わらずあたしが全然似合わないなー」
「うぐぅ」
「ま、でも……」
 俺はぽんぽんとあゆの頭を叩く。
「俺はあゆがあゆだから好きなんだ。だから、まあ、今のままでも我慢しといてやる」
「祐一君……」
「舞が色っぽくなったら乗り返るかもしれないけどな」
「祐一君っ!!」
 くすくす。
そんな俺達のやり取りを見て舞は吹き出した。
「お!舞が笑ったぞ。これは貴重だ」
「祐一達見てるとわたしも楽しくなる。幸せな気分になる」
「そ、そう?そうかな?」
ふくれていたあゆも照れたような笑いを浮かべた。
「何照れてるんだ。お前は」
俺はやれやれふーと首を振って見せる。
「あゆの馬鹿さ加減に呆れてるだけだって」
「うぐぅ、またそういうこと言う〜」
「ま、馬鹿は放っておいて」
「ボク馬鹿じゃない〜」
「秋子さんの夕飯食いに帰るか」
「無視しないでよ〜」
「あゆも舞も食ってくだろ?」
「いいの?」
「……いいの?」
「秋子さんがダメって言う筈ないだろ。逆に喜ぶに決まってる」
『了承。』
俺は秋子さんが一秒で了承するのを想像して小さく笑った。
「それにみんなで食べた方が楽しいだろ?」
「うん、そうだね!」
 あゆはにっこりと笑った。
やっぱり、コイツにはこの笑顔が似合ってるらしい。

「ま、人のうぐぅも七十五日って言うしな」
「……そうなの?」
「言わないよぉっ!」


END


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